今年は雨の多い、陽射しの弱い夏がしかも短くて、台風がいくつもやって来て、ここ何年来の流行りの集中豪雨は当地岩国を襲い広島の山を削り多くの命を呑みこみました。こんなことここ十年うちにはなかったことですが珍しくも暦通りに9月にはすっかり秋の風情を醸し、大丈夫かいなとさすがに世の中の呑気オヤジたちにも思わせているうちに、火山が噴火して、ええ?どこ?御嶽山?木曽のおんたけさん?携帯ビデオはドラマチックな記録映像を多く残しました。さらに長野の活断層は夜半の地震で地を裂き人の暮らしを壊しました。呼応するかのように活火山の雄、阿蘇山までが火を噴いてます。地下深いところで何かが起ころうとしている、とんでもないことが起ころうとしている。桜島が噴いたら、川内原発は?まさか本当に富士山が?この冬は何が起こるんでしょうか。大雪。大寒波。それとも来る来るとみんなして脅かしている南海トラフ大地震。当地へ到来する津波の推定高は5mだそうです、高知の海辺の町の36mだかには敵いませんが、5mで十分アウトです、逃げられやしません。もっとも当地にまで5m津波が来るなら、その前に宇和島の伊方原発が潰れてますからどっちにしてもアウト、逃げる逃げぬの選択じゃありません。天災の前には立ちつくすのみです。文字通り運を天に任せるのみ。人はそうやって生きてきて命をつないできて、今私達の番だと言うわけです。科学技術が進歩し生活全般に亘る利便性が大きく展がって森羅万象への解説能力は大きく高まりましたが、それは事象の説明に過ぎず(天気予報が最近妙に詳しいでしょう?あれが象徴的です。観測能力、予測能力は飛躍的に進歩してますが、そこまでです)それにどう対応するかは平安時代と寸分変わりません。雨には降られるのみ、噴石には逃げまどうだけ、地震には身を縮めるだけです。いえ、何を非難するのでも誰を批判するのでもないです。我々は奈良平安時代の祖先達がそうであったように、自然を畏れ、待ち、受ける覚悟を持たねばならぬと思うのです。この科学の世にいるからこそ、希薄になっているこの精神的原風景を思い出さねばならぬのでしょう。
今年もお付き合いいただきまして有難うございました。今年終まいの一か月、皆様健やかにお過ごしください。ご縁があれば12月20日のパーティーにお越しください、お待ちしております。年々歳々花相似、歳々年々人不同。いつまで経っても変わり映えのないことと自分では思っていますが、確実に変わり衰えていくわけです。その道すがら何を見るのか、何が見えるのか。それを楽しみに、ではあります。
2014.12.1?????????????? 弘田直樹