6月挨拶

先月下旬に北海道しかもオホーツク沿岸地域で39℃を超える異常高温を呈してあれにはさすがに驚きました。5月の記録として国内最高気温だそうです。熊谷市とか甲府市、四国の四万十市とか高温を売りにしている街がありますが、まさか北海道でねぇ。天気予報は確かにあの通りを警告してましたよ、「熱波」が大陸から張り出してくるけれど南下せずにそのまま東行する、さらに北海道を広く包むだろうって。天気予報の精度はどんどん上がっていきます。全ては気象衛星の精度のお蔭なのでしょうが、つまり地球はすでに丸見えなのだということです。さて6月となると暑くて当然、じめじめして当然です。今年もまた暑い暑い夏が来るかと思うとげんなりはします。が、若い時分はそうじゃなかったですねぇ。特に子が小さい時分は毎日毎日海へ行ってました。最後には子が嫌がっても無理やり連れていくほどで。面白いことに子が大きくなって一緒について来なくなると途端にこちらも冷めてしまったことでした。やはりああいうことには(どんなことにも当てはまるのでしょうが)理由がいるんですね。言い訳が要る。子供を連れて海に行く、親の仕事だという大義名分。何やるにしてもそうでしょう?例えば高い買い物する時とか、どこかへ遊びに行く時とか。なんやかんやと理由つけて買うでしょう?言い訳しなければならぬ相手がいる時だけじゃなくて、自分で踏ん切りつける時にです。大人買い、なんて言葉も言い訳用語です。どうせ全部読まないくせに本をまとめ買いして、単に手に入れたいからだけなのですが、大人買いじゃ~と言い訳する。誰に?自分に。照れ隠し?その通り。もったいないけど‥こんなに読まないけれど‥と実はわかってて、でも欲しい。から言い訳する。ちゃんとした理由があるからやるんだ、と自らの背を押す。ですね。大のおとなになっても、自分の金で買うときにもこうやってますよね。一緒でしょう?

今月もよろしくお付き合いください。

2019.6.1        弘田直樹

五月のご挨拶

令和への改元で始まる5月です。喜ぶ者が多いだろうと安倍さんはきっと考えての記念日の日程繰りだったのでしょうが、私はそうではない者の一人です。日歩で暮らすものはどうするんだ?銀行は?病院は?もとより行楽地やレジャー企業は歓迎することでしょうが、そんなに休んでどうするんだの意見も大きいことでした。これを書いている時点では今年限りの大連休(もっとも大企業の人達は毎年これくらいの連休なのでしょうが)の結果影響はわかりませんが、私は明確に反対を表明しておきます。各企業ごとに設定することに言及などしませんが、休日の一律化(強制)には反対です。

季節は廻ります、4月の末に急に気温が上がり来りて初夏の匂いに包まれたことでした。薫風さわやかな五月。五月晴れとの表現はもちろん旧暦でのことです、梅雨の合間の晴れの日を指すのだそうです。五月雨をあつめて早し最上川、の五月雨は梅雨の雨ですねですから。五月蠅もそうですね、新暦5月にはまだ蠅は出てこないですし、そんなにうるさいわけでもないし。前に書いたことではありますが、旧暦や二十四節気(立春、夏至、秋分、大寒など)、雑節(節分、彼岸、土用、八十八夜など)、月齢を調べてごらんになると結構面白いですよ。ググるのが簡単ですし、そういう暦の本がどの書店にも平積みされてます。趣があります。日本人のDNAに共鳴するものがあります。初夏の風に吹かれながら、です。

 今月もよろしくお付き合いください。

2019.5.1   令和の御代に  弘田直樹

3月のご挨拶

屋外の仕事をしている友人がしみじみ言うてました、今年は水道管が凍ったのはまだ2日しかないぞ。もう今後もないだろうが、と。私は暖かい部屋の中での仕事なので、凍てつく朝夜の実感はないのですが、思い出は作り話だというバイアスもものかわで書きますと、昔児童学生時代はいかに温暖の当地とはいえ雪を氷を踏んで通学する日がひと冬には何日かあったものです。そう言えば今年は雪も降りません。北海道では零下30℃なんて報道されていて、その時はさすがにこちらも寒かったのでしたがそれだけのことで。地球温暖化の所為だと言われて誰もがわかった気になってますが、CO2が増えたらどうして寒くなるんです?どの解説も因果の解明ではなくて気圧や雲や風の状況の説明だけです。エルニーニョか何かで海水温が上がって雲が湧いて低気圧や台風の発生が増えて・・と、それはそうなんでしょうけれど、昔からあることでしょうに。因果じゃないですね。起こってる天候の変化を観測衛星からのデータで説明しているだけです。両極の氷が解けたらどうして寒くなるんだ?そこの説明がモタモタしてて、風が吹いたら桶屋が儲かる式のこじつけに聞こえます。氷が解けてその分海水が増えて南の島国が浸かるって本当ですか?太平洋の水位を上げるほどって、どれだけ大量の氷なんですか。大きな氷山が崩れ落ちる映像を象徴的によく見せられますが、あんな量であのだだっ広い太平洋の水位を均して上げる?違うでしょうにね。壮大なウソじゃないんでしょうか。嘘は大きければ大きいほど本当らしくなります。アポロの月面着陸が大芝居だったという説が消えないように。排出CO2の所為にすることで得する者がいた、そして今もそれが利権になっている。そういうことでしょうか。いえ、昔から暖冬という言葉があるように寒い冬ばかりじゃなかったわけで、今年もそうだったというだけのことです。何故こんなに?と穿ち過ぎなんでしょうね。こんな時もあるわい。そう流せばいいんでしょうし、いかに温暖化が悪化していくにしても、私たちの寿命のうちに四季の巡りがなくなるなんてことはさすがにないことでしょうから。

今月もよろしくお付き合いください。

2019.3.1    弘田直樹

5月挨拶

今年の冬から春への移りは激しいものでした。寒暖の差の激しい毎日、一旦暖かくなると桜を慌てさせるほどの速さで進んでいく。4月に30℃を越えるなんて、です。こんな時も甲府や熊谷といった夏の高気温で売ってる地区は軒並みランクインしてる。各局の天気予報はそれぞれに工夫を凝らして知らせてくれます、予報技術の向上は確かに頷くところです。季節の移りを有難いと感じるようになって久しいですが、それをどう表現するかがその民族の文化であり、それをあれこれ見聞きするようになって感じ入り感心もし、その相乗効果で四季の移ろいを愛でるようになったのではあります。異常気象と喧しかったのでしたが、それでも桜は咲いて散って葉桜に移っていく、いつもの通りです。花冷え、渡辺淳一風にはリラ冷え、5月の連休前にはええ?と肌寒い日が混じるのですが、それも確かに当地ではありました。これもいつもの通り。平均値。こういう時の比較基準は過去何十年のデータです、平年並みかそうでないか。今までも異常気象が何度も繰り返されてきたわけです、その都度平年値(平均値)と如何に違うかと表現されるのですが、次の年にはその異常値もデータの一つに含まれて押し均べられる。その時は平年並みではない数字も次の年には平年値の一つとして組み込まれる。なんか不思議な不条理な感じもしますが、いつもとどう違うか程度の比較に過ぎぬのですから目くじら立てる要もないわけで。その時々の体感を具体的な数字で確認する。それだけの意味ですけれど。とまれ、薫風さわやかな五月です。うだる夏を前にこの季節楽しみましょう。今月もよろしくお付き合いください。

2018.5.1?????? 弘田直樹

2018年 1月のごあいさつ

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお付き合いいただきますようお願いいたします。
このブログを始めましてやがて丸12年を迎えます、ひとえに読んでいただける皆様のお陰さまと存じ居ります、有難うございます。

昭和天皇の崩御、その後の日本中の「自粛」モード、特にTVがこぞって歌舞音曲を控えて暗いトーンの画面に終始するあの横並びの異様さはまざまざと思い出すことですが、あれから30年です。新年早々の昭和64年1月7日でした。で、今上天皇は来年4月で譲位される。今年が平成の御代の最後の年です。昭和で30年、平成で30年生きたことになります。こういう区切りになるなんてもちろん思いもよらぬことでしたが、皇太子(浩宮)もやがて還暦です、譲位が先例になるでしょうし80歳が目安になるのでしょう。

ともあれ今上天皇には健やかにお過ごし願いたいと思うとともに、平成の30年を振り返る機会にせねばならぬと思うわけです。

皆様におかれましては今年もよいお年でありますようにお祈りいたします。

2018年1月1日、弘田直樹

7月のごあいさつ

梅雨入り宣言の出た途端に雨が降らなくなるのは今まで何度も経験のあることです。空梅雨かどうかはあくまで結果論です、何日降らなくても大雨が来れば降雨量の帳尻だけは合うわけですからね。最近は降れば土砂降りという笑えぬ傾向がありますからええ加減に降ってくれ!と単純に雨乞いもできかねる所、当地柳井は昔から夏は干上がります。雨が少ない。近隣の岩国、下松に大雨が降ってもここに降らない。当時から不思議に思ってたことですが、これは今も同じです。具体的には私の幼少中高時代は毎夏に給水制限してました。夜に水道水が出なくなるのです。小中校の給食も中断です、この時期だけ弁当持参です。母親連中は仕事が増えて大変だったでしょうが、私達は楽しかったです。めいめいの弁当の中身がそれぞれ違って、面白かったのを覚えてます。ひとえに水ガメが小さかったことと降雨量が少ないことが原因なのでしたが、現在は遠く岩国の山奥から水を引いて(分けてもらって)夏の渇水はなくなりました。受益者負担で水道料は高くなりましたが。そんな柳井も何年か前に大雨が降って市中が冠水、膝上まで浸水したことがあります。あの記憶は消えませんね、あの時の尋常ならざる雨音雨足だけじゃない、空いっぱいに亘る異様さです、気味の悪さ。ゲリラ豪雨との言葉がすでにあったかどうかは覚えませんが、あの頃から全国に「降れば土砂降り」傾向の生じたのでした。降るべき時に適度に降って暑い夏がやってくる。そう願いたい所ではあります。暑い夏。昔は暑い夏が大好きでしたが、年をとるに従ってああそんなこともあったねの昔話に変わっていきます。私が子らを海に連れまわしたように、その子らが我が子を連れていきます。私の役目は終わっています。夏を好きでいなくてもよくなりました。そういう納得です。

皆様におかれましては暑さに負けずご自愛いただきますよう。今月もよろしくお願いいたします。

2017.7.1        弘田直樹

5月挨拶

 大地震はどこで起こっても困ることなのですが、東京を襲うであろう直下型地震、広範な太平洋沿岸地域に甚大な被害をもたらすとされる南海トラフ地震がその象徴として挙げられていますから、それ以外の地区はいわばノーマークです。今次の熊本地震もええ?の典型でしたか。誰も何の警戒もしてない所へ果たして来る。すると必ず「それ見たことか」という者が出て来る。「だから言ったじゃないか」とするりと向こう側に回って批難する者が出て来る。責める相手は行政ですから一方的です、決して仕返しされませんから言いたい放題です。熊本は地震のない地域ではない、300年400年前にはこういう記録があると引っ張り出してどうだ?!とデータを揃えて「科学的に」批判する。何の役に立ちましょうや、事が起こってからあれこれ遡って言いたてても。地震は活断層型とプレート型に大きく分けられるようで、阪神淡路や山古志村が前者、東北大津波が後者。東京に来るのが前者、南海トラフは後者。活断層は日本中に存在するのだと今更のように、原発再稼働反対運動の最大の根拠にされているのはご存知の通りですが、専門家が地図を指し示します。山口県にも大きなのが3本あって、その一つはJR岩徳線に沿って存在して、ここが揺れたら当地柳井も大被害でしょう。どうか歪みが溜まっていませんようにと、学者の口吻を真似ることです。でも所詮はそこに住んでいることの因果応報です、そこで生きているから被る災害。分類区分けは学者の学問上の便宜でしかないのです、地震が起こればどれも同じ結果ですから。あの東北大地震大津波の後にそこに住む人が言ってました、海から今迄あれだけの恵みを受けてきたのだ、こういうことも辛抱せねばならぬことだと。この言葉に極まると思うのです。恩恵も災禍もその地に生きていればこその必然です。深い諦観。周りがガチャガチャ騒ぎ立てる(安全地帯にいて同情するふりをしながら被害の大きさを映画のように楽しんでいるのですから)ことではないのです。被災者を見世物にしていることにも気づいていないふりですから。ここにも偽善と欺瞞の満ち充ちていることです。

2016.5.1  弘田直樹

4月のごあいさつ

新年度。日本の昔からの慣習でしかないことなのですが、幼少時から身に沁みたこの季節感はやはりいいものです。桜の季節に新生活。New face 達の緊張がほほえましいし、彼らを迎える側もやはり気分は一新されるというものです。同級の連中はいよいよ定年前の最後の一年になります。公務員などの定年のある職の宿命とはいえ、もちろん頭ではやがて自分の番が来ることはわかってたこととはいえ、目前に迫りきたる思いや如何に。幸い(なのかどうかはわかりませんが)にも私は定年のない職に就いていますので、自ら企てぬ限り新局面は現出しないのですが、人生を考える、振り返るだけの積み重ねが一応残って来た年齢に達して、今後の事に思いをはせる機会は確かに増えました。人生の岐路とよく言いますが、これはあくまで後から振り返ればの評価であって(結果論)その時どきで感じることではないと思っていますが、明らかに昨日と違う毎日が始まる、ページがめくられる時ってのはこれも確かにあって、定年のように予定強制的に訪れるもの、病気事故災害などで突然陥る不測の事態、一念発起による自発的転機。成功した時にもうまく行かなかったときにもその原因として人生に刻まれるわけです。悔いのないようにとはよく聞くフレーズですが、これも言い訳にすぎぬこと、自らの背を押す言葉でしかないわけです、迷うことだらけの人生ですから。悔いのあるなしは結果で判断することであって、ひとえに失敗した時の言いわけを前もって口にしているだけの事ですが、矢沢永吉が車の宣伝で言ってるようにやりたいことやる人生の方がうんと面白いのは正しいでしょう。で、我が身に翻ると・・。ああしたい、こうなったらいいなとあれこれ考えはしてきましたが、あれこれ選択している時間がなくなったことにも気づくわけです。ああ、もうそんなに時間が残ってないぞと気づくわけです。急げ。なのでしょう。背を伸ばして。です。

今月もよろしくお付き合いください。

2016.4.1??     ? 弘田直樹

イベント中止のお知らせ

ご案内しておりました8月9日の柳井市レトロスクエアでのイベント、台風接近が予想されることから中止となりました。久々の夏の出番で張り切っておりましたが、残念です。

よろしくご了解ください。

平成26年8月7日  弘田直樹

7月のご挨拶です。

夏です。当地柳井は海辺の町です。だからどうこうと無理矢理に繋ぐつもりは全くないのですが、幼少時から夏は海です(でした、さすがに歳とってからは行きません)。小学校時分に学校にプールができて、夏休みに地区別に振り分けられて二時間だか三時間だか開放されてたこと思い出します。あれはあれで手軽で楽しかったですが、やはり海でした。海辺に住んでいたのではないので、裏の垣の向こうが海だとかの環境ではなく、海に行くには自転車こいで30分くらいかかったのでしたが、それもまた楽しで。中学生時分は運動部にいました、当時の常識は今の非常識なのです、練習中は水なんて飲ませてもらえません、約4?5時間の練習で水が飲めるのは一度の休憩15分の間だけです。でもそれで熱中症(という概念が当時あったのかどうか)で倒れた奴なんていませんでしたがね。夏休みも水泳は禁止です、他の筋肉を使うなとか冷やすなとか色々理由を言われましたが、夏の大会が終わるまで盆近くなるまでは泳いではいけませんでした(体育の授業はOKでしたね何故か)。で、解禁されて部員同士で海に行くんですが、他の連中は真っ黒に灼けてるのに俺達だけが真っ白けで恥ずかしかったもんです。当地の海水浴場は(黒島)綺麗な白砂の浜で、しかも遠浅。潮干狩りができる所でした。遠浅ですから藻もすごくて、潮が引いている時はとても泳げないことでした。ちゃんとした脱衣場がなくて、男どもはそのあたりの陰でパパっと着替えたもんです。強い陽射し、真っ白い砂、濃い青の海。海は東に広がり西側は山を背にしてましたから夕方が早いんです。すぐに影になる。遠くの海はまだ白く光ってるのに、座っている砂浜には夕暮れが迫っている。盆過ぎたら海坊主が出て足を引っ張られるから海には行くな。そう言われたもんですが、盆過ぎてからの方が景色は風情がありましたね。夕陽が茜色に染まる、あの季節感です。子供が小さい頃は、こいつらが行かないと泣きだすくらい連日海に出かけてました毎夏。体は真っ黒、お陰で今は背中一面シミだらけの汚いことになってます。癌化すれば自業自得もいいところです。でも海は好きでした。その夏が今年もやってきました。今は思い出すだけの海の夏です。

2012.7.1? 弘田直樹

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