8月のごあいさつ

酷暑お見舞い申し上げます。今年も暑い夏です。湿気がひどいですね。気温はここ何年猛暑日って聞いても驚かなくなりましたし、33℃34℃は部屋閉めておいたらすぐに上がります、が、それに加えての湿気です。蒸し暑い。本当に蒸し暑い。今年の違いはこれでしょう。具体的に湿度の値がどうこうのデータは知りませんが、体感湿度です。これが日本の夏なのでしょうけれど、それにしてもです。そして雨。大雨。幸い当地柳井は今のところ免れてますがもちろん今後何の保障もありません。異常気象。そう括られて何年になりましょうか、誰も改善しようとしない。いや、こう言いきるとまた反論がありましょう、温暖化対策は講じているぞと。「二酸化炭素の排出過多による温暖化」式が正しいとの前提で京都議定書、パリ協定が出来上がったのですが、誰も守らないから全然効果が出ない。出ないですよ、あなたの街でもそこらじゅうでクーラー動いていて熱風が排出されて、しかも夜になってもどんどん出て来る。いくら陽が落ちて涼風が立とうとしても(アスファルトに囲まれてればその風すら立ちませんが)、一日中街中でクーラーが唸ってる現状で気温が下がる理由がありません。田舎が恋しいでしょうが、今時余程の田舎に行かねば夜に涼風が立つなんてのはありませんから。当地柳井は十二分に田舎町ですが、町中からどんどん田んぼや畑がなくなって熱の逃げる所がなくなっています。便利さと引き換えに環境が壊されていくのです。他人事のように、わかったようによく言う台詞ですが、二酸化炭素じゃないですよ街中の高温の理由は。クーラーです!。とはいえ、消せないですよ、30℃を越える部屋の中では寝られないですからさすがに。ううむ。

クーラーが珍しかった時代はこんなに酷暑じゃなかった。これは「美しく都合よく作り変えられた昔話」要素や我慢するしかなかったから否応ない心理も手伝ってますが、やはり便利を覚えると二度と不便には戻れない人の世の中の一方通行さを示す好例でしょうね。新しい利便の一方で生じた不都合は更なる技術、便利さで越えるのみ。どこまで行けるんでしょうね。昔はこんなんじゃなかったぞ。そう言いながら私の消える順番が近々にやってくるのでしょうが

皆様には暑さ厳しき折、お健やかに過ごされますように。

2017.8.1  弘田直樹

6月のごあいさつ

また暑い夏がやってきました。

昔は9月まででしたが最近は10月になっても暑さが引きません。一年のうち5カ月が夏。そりゃ温帯じゃなくて亜熱帯でしょうに。行ったことないのですが比国や台湾の夏はこんなじゃないのでしょうか。

もっとも彼の地には雪は降らぬことでしょうが。五月雨は梅雨時分の雨のこと、五月晴れは梅雨時期の雨の中休みの晴れ間のこと。旧暦と新暦との約一か月半の差は元の意味さえ変えてしまっていますが、七夕の日に雨が多いのはまだ梅雨が上がってないからであって、本来は8月末の晴れて暑い夜の星座鑑賞だったのです。

中秋の名月ってあんなクソ暑い時期じゃないのです、ススキに月見団子が似合う、文字通りの秋半ばの時期のこと。この温暖化の進む日本で(こういう時だけ都合よく温暖化を是認するのですが)10月も十分に夏のうちになってしましましたが、本来ならば新暦の10月4日の満月のことです。いえ、6月のことでした、暦がどうであれこの時期は暑いことには違いはないわけです。

思うに本当に真夏の8月にヒートアイランドの東京で五輪やるんですかね。50年前でさえ10月だったというのに。その五輪も小池旋風か何か知りませんが、築地市場移転問題とセットになって滞っています。豊洲は店晒しになってもう一年でしょう?と、暑苦しい話題が次々に連想されてくる夏の到来です。北朝鮮が暴発する前にアメリカ軍の恐ろしさを全世界に知らしめる機会が訪れましょうか。楽しみのような、その後を考えるとゾッとするようなホラーな気分です。

暑さ厳しくなりゆく折、皆様にはどうぞお健やかに。今月もよろしくお付き合いください。

2017.6.1  弘田直樹

5月のごあいさつ

薫風そよぐ頃という表現がぴったりの、まぶしい陽射し、少し汗ばむ気温、頬を撫でる風のさわやかさ。4月の下旬から5月の上旬、わずかな間の爽快感。

と、頭ではわかってて、気持ちの良さも知らぬではないのですが生来の出不精、筋金入りのインドア指向者はたまに外に出た時の眩しさに負けてしまうわけです。そして陽射しに負ける。ものの30分、天日の下に居るだけで調子が悪くなります。お前はミミズかオケラか。すぐに顔がヒリヒリする。なんともヤワです。元々がピクニックやら遊園地やらが苦手の閉じこもり気質にさしてこの仕事です、アウトドアに全く縁のない暮らしをしてきたわけです。

子が小さい頃はそれなりに連れて出たと思っていますが、これは連中とは記憶が違うかもしれません。かといって若い頃は海水浴にはよく行きました、外が全くいけないわけでもないのですが、釣りにキャンプに山登りにと日曜には家にいないタイプではなく、この季節をさも楽しむような振りはできるのですが実は他人事、頭でっかちなのではあります。孫ができて、あちこちに連れて出ている写真を息子や娘が送ってくるにつけ、こりゃ立派な反面教師だったなと苦笑いすることなのですが、この季節は何か急かされているようで実は苦手なのです。

つくづく面白くない男だと我ながら思います。自分では気づいていますが、本性は根暗いのでした。と何を愚痴ってるのかとお思いでしょう、すみません。爽やかな季節、どうぞお楽しみくださいと言いたいのでした。今月もよろしくお付き合いください。

2017.5,1 弘田直樹

4月のごあいさつ

先月次女が嫁いで、これで3人の子がそれぞれ所帯を持ちました。

親の責任なんてことはそれほど思ったこともなく、子育ての最中は目の前の出来事に当たるしかないことでしたし、しつけとか教育とかはもちろんちゃんとせねばならぬと思っていましたが、こちらも若い時でありますから、今から思えば恥ずかしいやらみっともないやらのこと事も多く、良かれと思っての行動や言動も酷い独善だったと、大人になり人の親になったわが子に指摘されて気がつくことが多いことではあります。が、子への仕送りが終わった時のひと段落とはまた違う、次女の結婚式の後のあの感情はこちらの人生の大きな区切りを知らされることでした。

二人で所帯を持って、また二人に戻る。両親が、祖父母が、またその父母が、誰もが皆繰り返してきたことですが、その順番が来て初めてわかる感覚です。子が成人するまで、子が社会人になるまでなどなど親の責任論の定義はあるのでしょうが、責任がどうこうではなく人生の季節感が否応なく身に沁みた末っ子の結婚式でした。

こちらも十分に歳が増えましたから、こういう時期にこういう思いにさせてくれてことを感謝するべきなのでしょう。還暦を過ぎてまた二人の暮らしが始まる。言葉にすれば格好よく聞こえるこの現実を心新たに迎える桜の頃です。

2017.4.1 弘田直樹

3月のごあいさつ

母校の同窓会の世話をしてますので卒業式に呼ばれます。3月は母校柳井高校の卒業式で始まります。少子化を実感する時でもあります。子供を相手にする仕事でないので、普段は何かの文章に昔と比較した数字を見るとか、少子高齢化という今やお題目となったフレーズを見聞きするとかするだけですが、こういう具体的な場面はやはり衝撃的です。自分の世代や自分の子供の世代(の記憶)と比べるわけですが、体育館の混み具合が全然違うのですね。私達の頃は全校生徒が入ると体育館が一杯いっぱいだったものですが、今は半分くらいです。卒業式は父兄も参列しますが、それを含めても十分に隙間があります。一学年が150人です、全校で450人。私達の頃は一学年350人くらいいましたし、それこそ団塊の世代の頃は500人を越えていたわけですから、隔世の感とはこのことです。現在、公立高校は学区制限がなくなり県内どこの高校でも進学できます。柳井高校では20%ほどが旧学区外からの入学生だそうです。また、別の数字ですが柳井市では昨年に誕生した赤ん坊は200名だったんだそうです。ええ?全員を一つの学校で賄える数字です、このまま成長していけば中学も高校も選択肢すらなくなりそうです。子が生まれない、子が少ないのは大現実問題なのです。県内でも少子化の一番厳しい地域なのだそうです。はぁ。長女は三人の母になって貢献しているわけですが、余所に嫁いでいるし。政治行政の不作為ではなく、これが、増えれば減る、満ちれば欠ける大自然の法則なのでしょう。年寄りが一定数いなくなれば(底を打てば)赤ん坊も増え始めるのでしょうね。もちろんそんな単純な因果ではなく、若い者達が子を為そうとする新たな動機づけが現れるのでしょうが。そういう波をかぶるしかないのだと思います。そうこうしているうちに私の寿命はついえましょうが。

今月もよろしくお付き合いください。

2017.3.1 弘田直樹

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