10月のごあいさつ

大雨の被害でJRが寸断され、当地山口県東部は山陽本線が止まり(柳井―下松)、岩徳線が不通になり郵便物の遅れを実感することでした。さらに柳井では高速道路インターに続く幹線道路が陥没して不通になりました。私は通勤等で動かねばならぬ職業ではないので毎日の直截の不便はなかったことですが、如何に人口の少ない利用客の少ない地域とはいえ、日頃の足の奪われることの重大さはわかりました。とはいえ広島呉や愛媛のような土砂災害はなく、大阪関西空港の大水害、大阪の台風被害、そして北海道の大地震と続いた時に思うのは、大事なく済むことの幸せです。北海道ではブラックアウトという一つ新しいインフラ災害を知ったわけですが、人口過密地域に起こっていたら・・と3.11の時にこう口走った大臣のようなことを思い、3.11は如何に広い範囲に被害が及んだことよと津波の特別さに思いが及んだり、災害は他人事ではないとTVや新聞は箴言の如く繰り返しますが、我が身は幸いにもいつものようにここにあって。日本は天災の国と括ったところで何の解決にもなりません。が、ここで生きるしかないのです。いやなら他国に住みなさいね、その自由はあなたには保障されているからと切り返されるのでしょうが、日本以外で生きるつもりなど毛頭ありません。この国が、この地柳井が好きですから。壊れたら直し、崩れたら修復し、人はそこに住み続けてきてます。福島のような特別な災害の他は、熊本も広島も愛媛また人が戻っていくのでしょう。そこに住んでいたということは偶然ではなく必然だったわけですから。この国でこの地域で生きここで死ぬ。それだけのことではあります。

今月もよろしくお付き合いください。

2018.10.1???????? 弘田直樹

9月のごあいさつ

何とも暑い夏でした。立秋を過ぎればあとは残暑だと、それは字句上の建前であり且つ文化でもあるのですが、言葉はむなしいこと。暦の上の四立(立春立夏等)が現代の体感にそぐわぬことをあれこれ言うてもそれこそ昔からのしきたり、先人はこうやって季節を数えて来たのであって今を生きる我々その違いを愛でればいいのでしょうが、とてもそんな気にさせない酷暑。天気予報による解説は年々詳細になり、暑さ寒さの理由、豪雨の理由、台風の多さの理由などなど知識は増えるのです。が、暑さそのものに対しては、気をつけろ、ためらわずにクーラーつけろ、のどが渇く前に水を飲めといった対策止まりで、暑さを和らげることはできない。風鈴の、葦簀の、打ち水の、行水の、蚊遣香と団扇と縁台のと先人の知恵を小馬鹿にしながら今更のように話題に上げて、しかし具体的には屋内の気温を下げるのみ、クーラーが街中で唸れば外気温はさらに上がっていく必然です。何故?地球温暖化なる曖昧に放り込むだけ。本当に二酸化炭素の所為なんですか?そこで皆思考停止してる。「自然の怖さ」と括って停まっている(災害時は常にこうです)。自然を支配しようとしてしっぺ返しを食っているとか、地球は人間だけのものじゃないとか、今更何言うてるの?の非難もいつも聞えてます。おそらく日本は私達が学校で習ったような温帯モンスーン気候帯から外れて台湾やフィリピンのような亜熱帯気候に移っているのでしょう。いや、まだ四季の移ろいはきちんと感じられますから、より正確には亜・亜熱帯というところでしょうが、春秋のなくならぬことを願い(私の生きているうちはたぶん大丈夫でしょうけれど)、40℃以上の気温日を命名するほど頻繁にならぬことを願い(猛暑日の上は酷暑日ですか)、残暑の風情は我々の世代だけでも残していきたいと思うことです。

今月もよろしくお付き合いください。

2018年9月1日    弘田直樹

8月のごあいさつ

大雨のち酷暑。TVは39℃だ40℃だと囃したてました。
先月は蝉が鳴き出すうんと前から酷い暑さが続き、気づいたらあれ鳴いてないなと。いつもなら盆過ぎた頃に感じるうだる暑さ、もう勘弁してくれの暑さが7月中にやってきてこっちの感覚がずれてしまったからでしょう、蝉の鳴き始めるのはきっと例年通りだったはずですが。まさか暑過ぎて羽化が遅れたなんてこともないでしょう、月末にはいつもの夏と同じアブラゼミとクマゼミの大合唱でした。大雨の爪痕は大きく残り、当地には幸い被害の少ないことでしたが、山陽本線は柳井徳山間でいまだに不通です。

山陽本線は広島での被害が大きく、道路は早々に回復したのですがトラック輸送で賄えぬ遅配は続いています。もっともそれはいまだに断水の続いている地域の不便不自由さとは比べようもないことです。家屋等の居住施設の破壊、インフラ設備不全といった直接的な被害に加えて、広範な災害で強調されるのは交通路の遮断、孤島化です。今次呉の孤島化が報道され、海路の輸送が選択されてましたね。日本最大の軍港であった町に皮肉なことではありました。
こんな時こそ空輸ですね。大型ドローンの開発です。そりゃヘリコプターだろう、なのですが、発着等の運航に広さや資格やあれこれ制約のある現行のヘリではない、物資運搬用の大型ドローンの開発。もう始まっていることでしょうが、災害が続けば必要は発明の母なのです、これだけ需要があれば必ず技術開発は進みます。人命救助には現行の自衛隊や救急隊のヘリを飛ばす、救援物資の運搬には大型ドローンだと。でも所詮はこっち方向なのですね。

被害後への対策。被害前、つまり未然に防ぐ方向、災害そのものをなくす、大雨を降らす雲や台風を潰す方向へはなかなか進みません。防潮堤だの砂防ダムだの護岸工事だのは天災後への対応です、天災そのものをなくす手立ては?原爆水爆や生殖技術など神をも畏れぬことを為してきた人類です、不都合な自然現象を制御するが一番の防災ととうに知っています。私ごときが言わずとも、こんなこと研究してる者は昔から世界中にわんさかいましょうね。私は期待してますがねぇ。

皆様におかれましては暑さ厳しき折からよろしくご自愛くださいませ。

 

2018.8.1??????????????? 弘田直樹

7月のごあいさつ

 

一年の後半です。と言われてもピンとこないですが、年々歳々時の過ぎる速さが増していく実感の中、真夏を迎えてのターンです。今年の梅雨は字義通り雨の日の多いものでした、湿気が強かったと言うべきか。当地は大雨は免れましたが、雨の季節に相当分の天の恵みはもたらされたはずです。もう解消されて長くなりますが、私が児童学生時分は当地柳井は毎夏必ず水不足になり給水制限が敷かれたものです。懐かしく思い出します。先ず給食が止まります。小学校に弁当持ちです。プール授業が中止されます。学校はじめ公的機関から搾ります。それでもまだ降らなければ夜間の給水制限です。夜9時から朝6時までとかの断水です。親が風呂に水貯めたり、あれこれ工夫してたのを思い出します。当時にコンビニなんてないし、今のように水やお茶を売ってないですからねペットボトルで。あるのは瓶詰缶入りのコーラやジュース(ファンタ、ミリンダ、キリンレモン、三ツ矢サイダーの類)だけ、これでは顔洗えないし。でもさすがに給水車騒ぎの記憶はありません。何やかやで昼間は水出てましたね。海水浴場のシャワーは止まったかな(記憶が曖昧ですが)。照りつける夏の太陽を見ながら思い出すことです。幼少時少年期を育った町で歳をとれるのは幸せなことなんでしょうね。

暑い夏です、皆様には体調を整えられますように。今月もよろしくお付き合いください。

2018.7.1    弘田直樹

6月のごあいさつ

梅雨時は梅雨らしく雨の降るがよろし。

雨好きの私には、少し肌寒い日の、軒を叩く音の聞こえるほどの雨が一日中降り続けるという場面が好ましい。朝には朝の、昼には昼の趣。雨を見るのが好きですね。同じリズムで降り続ける雨、屋根を叩く雨、縁側に撥ねる雨粒、樋を伝って吐き出されるしぶき。それらを見る。飽かず見ている。映画よろしく雨に唄うのではもちろんなく。TVも部屋の明かりも消して窓を開ける。湿気を含んだ冷たい空気が流れ込む。雨音に、雨の匂いに包まれる。耳を澄ませばいろんな音がする、あちこちを叩く音が皆違うのです、屋根を、葉を、縁側を、最後に地を。そしてそこを洗ってきた匂いも運んで来てくれる。しんとした静寂。雨音だけの静寂。蝉の声に閑けさを感ずるに通底しますか。夜の雨も興をそそります。いえ、見えません、見ようともしません、音だけです。だからまたいい。特に夜中に雨音に目覚める感じがいいです。つまりこの時は強い雨。家中が雨に包まれている感覚。それは強い雨風を凌いで安楽に寝間にいるという安心感や幸福感につながって、寝入るのが惜しい気分のうちにまた眠りに落ちる。当地は何年か前に大雨被害あり、あの時の気味の悪い大雨も忘れません。ですからもちろん強い雨とはいえ程度問題です。気味悪さが湧くほどでは興も何もないわけです。雨が好きだ、なんてオヤジが言うてもキモイとか根暗のオタクか?とか訝られるのがオチです。だからこんなことめったに話しはしませんが、雨の季節はそれなりに楽しめるのです。雨の中外に出なければならぬ仕事じゃないことが大きく影響しているのでしょうが。

今月もよろしくお付き合いください。

2018.6.1   弘田直樹

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