2012年8月 のアーカイブ

8月のご挨拶です。

2012年8月1日 水曜日

今年も暑い夏です。節電騒ぎで比較の対象になっている一昨年と比べてどうなりましょうか。昨年も十分に暑かったですからね、平均温度がコンマいくらポイント(最近ポイントと呼ぶことが多くなりました。℃とか%とか言わずにポイントとごまかすことが多いですね)上がったからといって体感しての印象とは違いましょうし。

ここ数年は毎年とても暑いのです。で、今年。当地は中国電力管内ですので、節電目標が外されました。5%の3%のはなくなりました。ので、使い倒しますが。関西電力管内もあれこれ非難されていますが止まっていた原発動かしましたから供給は足りそうです。それでいいんでしょう?壊れたわけでもない、今まで特に不具合を生じたわけでもない、ちゃんと動いていた機械を定期検査の後に動かそうというのにこれ以上にどんな手続きがいるというのでしょうか。

私は脱原発依存の考えです。
山口県知事選で誰かが言ってましたが、3.11以降は日本人の誰もが脱原発依存です、少なくとも。新規に原発を作れなんて言う者はいないでしょうし、また必要もないことです。今まで作って来た五十数施設をきちんと動かせばいいことですから。それをやみくもに原発をなくせと言いつのるは、福島事故の解明や対策が完全になされない段階での「見切り発車」を非難の拠り所にして、身の安全を大義名分にして現在の国民生活のインフラストラクチャーそのものを否定する、それは国の存続繁栄の否定であり、国家転覆のイデオロギーに繋がっています。

・・・いえ、暑い夏の話でした。

クーラーがごくごく普通一般の設備(インフラ)になっている現代人に、クーラーを消して暑さを我慢しろ?そんなことできません。そういう強要は猛反発を食らうはずなのですが、マスコミは二言目には健康被害(熱中症等)で脅して、論点すり替えます。日本のマスコミはNHKだけでなくどこもかしこも左がかってますから、同じ色の報道しかしません。熱中症に十分気をつけて節電して下さい。高温注意報が出た日にはクーラーなどを適切に使って注意して下さいと、微に入り細を穿って親切なことです。自分の言ってることの矛盾に気がついてないはずはないですから、連中はこういう矛盾を押しつけているというわけです。節電は大事ですがあなたの体がもっと大事ですよとポーズしてるのです。さよう、ポーズです。そう言いながら熱中症で倒れる人を待ってます(乱暴な言い方ですが)、そらみろ!と言いたいのです。危険な原発に頼り過ぎて、止めた途端にこの被害だ、責任とれ!と。だから他を動かして電力を十分に供給すればいいのに、そうは言いません、そんな危ない原発は早くなくせ!と来ます。すり替えてるでしょう?話を。繰り返し繰り返し大袈裟に報道するのはそのためです。原発を止めることによって電力不足に陥らせて産業経済だけでなく国民の健康にまで影響及ぼそうという意図です。そう思わせよう、恐怖させることによって世論誘導しようという大宣伝、大キャンペーンです。毎金曜日の官邸前のあのデモもその一環です。マスコミがひと役も二役も買っています。暑い夏の話でした。だから皆さん、クーラーはどうぞ十分に動かして下さい。暑いのを我慢する必要などありません。クーラーのなかった時代と比較する必要などありません。クーラーのない時はそれなりに過ごすしかなかったのです。今はそれがあるんですから、この文明の利器を十分に使われればいい。風鈴や打ち水、すだれ、夕涼み、扇風機の効能や風情を否定するのではありませんが、それしかなかった時代に逆戻りすること自体ナンセンスです。扇風機よりクーラーの方が体にいいなんて時代です、クーラーの機能も多岐にわたってます。電気をどう作りどう供給するのか。エネルギー問題と大きく抽象化してますが、今のこの世の中電気が止まれば水洗トイレも止まります。日常生活の全てが止まります。安全の確保され切らぬうちの発電所の再開に伴う、起こるか起こらないかすら定かではない危険への不安を徒らに煽って、代替も何もない段階でただちに全ての原発止めろと叫ぶのと、故障も何もない、今まで問題なく動いて来た原発を今まで通り動かして、電力をきちんと供給して生活を維持しながら、安全対策を十分に講じていくことと、どちらが理に適ってますか。瞭然ですね。

先の大地震大津波がまたやってきたらどうするのか?ですか。千年に一度なんでしょう?地震列島に生まれ暮らしてきて、幾多の歴史を刻んできて現代の繁栄を享受している我々です、日本が辿るべき運命はともに受け入れるのみではないですか。3.11をどう考えておられますか。防げたことですか?何か手立てをしていれば人が死ななくて済んだことですか?大天災でしたが、あれほどのものではなくても毎年毎年台風や水害で日本人は何人かが死んでいきます。そういう国土なのです。そういう国に住んでいる、生きているのです。少しは自ら諦める思いが要りましょう。天災までを人の所為にする前に(原発事故に係る菅さん始め官邸の対応不備が人災であったという事故調の見解には十分に賛成しますが)、石油のない国、天災の多い国、こういう国に生まれたことの意味をかみしめる必要がありませんか。大地震が近々にまた起こって、あちこちの原発が壊れて、放射線禍に広い地域が巻き込まれて国土が破壊されたら、未来の国民に、子々孫々に申しわけが立たぬ、などという感情論も聞きますが、いいえ、後世の我々の子孫達はきっとこう判断するでしょう。当時の世界の趨勢は化石エネルギーからクリーンエネルギーへの変換を図っており、石油のない資源のない国日本としても原発への移行は当然の選択であった。もう一つの日本の特性である地震津波多発傾向は十分に織り込み済みの計画であったが、2011年の大災害は甚大な被害を残し、多くの非難を浴びたことであった。が、代替エネルギーの開発、代替発電技術の開発等の契機となり、また放射能物質の処理技術や原発施設の安全性も進歩し、強固な災害対策を講じる機会となった、と。日本に生まれ育つ子孫達が過去を非難するものですか。先の戦争を頭ごなしに否定し、のみならず明治からの日本を否定する向きばかりが、非難轟々の大声を出しているのです。

暑い夏です。長い文章で暑苦しさを増しました。節電など忘れて、どうぞご自愛ください。

2012.8.1   弘田直樹