3月のご挨拶

2月が予想通り駆け足で逃げて3月です。
毎年同じこと言ってたのでは能がないので・・・

 時の流れの速さは少なくとも私の年恰好(52歳です)の者にとっては、日頃の仕事量、ノルマと言ってもいいのでしょうその量、そして自分の熱意、真剣さの多寡に比例すると思い切って定義しましょう。私の年代と断ったのは単に年配の人の感じ方を実感できないからです。30歳の時より、40歳の時より今のほうが間違いなく時の過ぎ行く速度は大きいです、これはどなたもお感じの通り。また70代80代の人に聞けばもっと早く過ぎているような印象ですし、きっと年齢にも比例することなのでしょうがここは実感(確証)がないのペンディングして。
 一日はどんなにバタバタ忙しくしていてもぼんやりTVだけ見ていても一日中寝ていても24時間で次の日に変わっていきます。ですから要は感じ方の問題なので、そこは敢えて言うほどのことではありません。では脳がどう感じているのか。忙しいという奴ほどたいした仕事してないのが世の常です、単に仕事が遅くて溜まっているだけのこと、他のできる奴がやればあっという間に済んでしまうことは本当に世の中にはありふれた出来事です。ということは仕事量には単純には比例しないですか、勝手に忙しがってるのが多いですから。もちろん仕事がないとなれば話は別なのでしょうが、それならそれで無為に過ぎる速さが辛いことと思います。となれば熱意、真剣さ。目の前に大きな仕事があってそれに立ち向かっている人にはいくら時間があっても足りぬ感覚になりましょう。でも、こう考えると熱意がなくても仕事が溜まって忙しくなって時間が早く過ぎる(と感じる)という理屈が成り立ちますね。あらら、こっちにも比例(関係)しないですか。
 となればやはり年齢ですか、年齢による脳の感じ方の変化、つまり衰え。子供の頃や社会の構成員として未だ担うべき部分の小さい頃と人の子の親になってからとは比べようがないという反論もありましょうし、衰えなんて嫌な響きではありますが、でもこう考えると年齢にのみ比例するものなのかも知れません。周りを見渡せばそう頷けるじゃありませんか。うむ。

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